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耐震診断

新耐震基準で何が変わったか?①

大正時代から受け継がれた旧耐震基準と、1981年施行の新耐震基準との一番大きな違いは、想定する最大地震を約300ガルから約1000ガルに一気に引き上げたことです。
但し、単純に必要な強度を3倍以上に引き上げたわけではありません。
それまでの、約300ガルの地震に対しては、補修可能な軽微な損傷しか生じないという基準を残しながら、約1000ガルの地震に対しては、倒壊や崩壊はしない、つまり、人命に係わる損傷は生じないという基準を追加したのです。

下図は、RC建物の場合の地震による被害ランクのイメージです。

RC建物の場合の地震による被害ランクのイメージ

従来の基準(旧耐震基準)は、稀に発生する地震(≒震度5強≒300ガル)に対して、上図の被害ランクⅠ(被害軽微)以下に留めるのが目標でしたが、新たに、ごく稀に発生する地震(≒震度6強≒1000ガル)に対して、被害ランクⅣ(大破)以上の被害を生じさせないという目標が追加されたのです。
上図の被害ランクⅢ(中破)と被害ランクⅣ(大破)は場合によっては、見た目がそんなに変わらないこともあります。大きな違いは、建物の高さ方向に変化が生じるかどうかです。被害ランクⅣ(大破)に至ると建物の高さ方向が縮む方向の変化が生じており、建物が縮むことにより人命への影響が生じる恐れがあるため、新耐震基準ではこのランクの被害を許容していません。

一方、旧耐震基準はどうかというと、稀に発生する地震(≒震度5強≒300ガル)に対して、被害ランクⅠ(被害軽微)以下に留めることは規定していますが、それ以上の地震に対しては全く規定していませんし、検証もしていません。
従って、建物によっては、わずかに地震が大きくなっただけで被害ランクⅤ(大破)に至る可能性すら、否定できないのです。

そんな大げさな、と思われる方は、「割り箸」と「クリップ」をイメージしてください。

割り箸 クリップ

ここに2棟の旧耐震建物があるとします。
1棟は「割り箸」のような建物で、もう1棟は「クリップ」のような建物です。旧耐震基準が想定する地震力では「割り箸建物」は折れませんし、「クリップ建物」はたわみますが、また直ぐに元の形に戻ります。
では、旧耐震基準が想定する地震力以上の地震が来たらどうなるでしょうか?
「割り箸建物」は限界を超えてパキッと折れてしまいます。
「クリップ建物」も元の形に戻れる限界(弾性限界といいます)を超えて、曲がったままになってしまいますが、折れたりはしません。逆方向から同じだけの地震力を受ければ、また元の形に戻ります。
旧耐震建物は、稀に発生する地震に対してのみ、チェックしていますので、それを超える地震に対して、割り箸になるのか、クリップになるのか、全く分かっておらず、仮に割り箸だったとしたら、パキッと折れて、いきなり被害ランクⅤ(大破)に至るのです。

新耐震基準では、完全な割り箸タイプの建物は認めていません。あまりに危険だからです。
割り箸に近いタイプ(強度型といいます)だったら、殆ど強度だけでごく稀に発生する地震に耐えるように設計をしますし、クリップタイプ(靱性型といいます)だったら、強度はある程度あればよく、あとは変形性能に期待する設計をします。いずれかの方向性でごく稀に発生する地震に耐えるよう設計するわけです。

建物の強度だけでごく稀に発生する地震(≒震度6強≒1000ガル)に対抗しようとすると、とても大きな強度が必要となります。巨大な金庫を作るイメージです。強度を高めるためには柱等を太くしなければなりませんのでその分コストが高くなります。
それに対して、強度はある程度強くして、それを超える地震には、靱性(変形性能)で対抗する形にした方が経済的です。そのため、新耐震建物の多くは靱性(変形性能)にかなり依存した設計を行っています。具体的にはDsという変形性能に関する係数を用いて、必要な強度を割り引いて計算しています。

靱性(変形性能)に期待した設計の最大の欠点は、変形が大きい、という点です。
変形により地震エネルギーを処理(吸収)するとはどういうことかというと、先のクリップの説明で「自然に元の形には戻らない変形領域」(塑性変形といいます)を使っているということです。
従って、たまたま左右同じ力の地震力が掛かってから地震が収まればよいですが、どちらか一方向の地震力が強い状態で地震が収まったら変形したままになってしまうことになります。
そうなると、恐らく建物はもうそのまま使えません。新耐震基準とは、そういうものなのです。稀に発生する地震には建物を修復可能な損傷に留めますが、ごく稀に発生する地震では人命を守ることだけを考えているのです。
これは耐震診断の考え方も同じです。別項で詳しく説明しますが、耐震診断の目的は旧耐震建物が新耐震建物と同様の性能があるのかを診断することですので、耐震診断で所要の耐震性能を満足しているかどうかの判定は、稀に発生する地震には建物を修復可能な損傷に留めて、ごく稀に発生する地震では人命を守れるかが基準となっています。

旧耐震建物の場合は、改めて『耐震診断』という方法で、割り箸タイプなのか、割り箸に近いタイプなのか、クリップタイプなのか、また、新耐震基準に比べてどの程度の耐力を有するのかを計算により求めます。
その結果、新耐震基準に比べて同等程度の耐力を有していたならば、それOKですし、有していない場合は、対策を検討します。
なお、割り箸タイプの建物でも、たいそうな補強部材をつけるのではなく、部分スリット工事という簡易な工事によって割り箸に近いタイプに改善するだけで、新耐震基準並みの安全性が確保できる場合もあります。

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部分スリット設置だけで耐震性能を満たした例


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